ヨコハマ ストーリー 第28回 「横浜文学散歩物語」
魅力あふれる街、ヨコハマ。この街が、世界の表舞台に登場したのは、今からおよそ150前。ペリー艦隊が来航したときから、その歩みは始まりました。そして今もヨコハマは、ユニークな街であり続けています。そんなヨコハマの由緒あるスポットを舞台に、物語と音楽で紡いでいく『ヨコハマ・ストーリー』。今日は「私の横浜文学散歩」
横浜と文学の結びつきは強い。山手にある神奈川近代文学館には、明治以降に活躍した、夏目漱石、芥川龍之介、三島由紀夫など神奈川にゆかりのある文豪たちの初版本、直筆原稿、書簡資料などが展示されている。
その文学館のほど近くに、横浜出身の国民的作家の記念館がある。大正から昭和にかけて活躍し、『鞍馬天狗』で人気作家になった大佛次郎。
彼は、横浜を愛し、たびたび山手を舞台に小説を書いた。『霧笛』、『帰郷』、『夜の真珠』。大佛次郎記念館では、それらの名作の直筆原稿を見ることができる。大佛次郎は、昭和6年から、ホテルニューグランドの318号室を仕事場にした。港が見えるその部屋をこよなく愛した。一日の仕事を終えると、必ず、ホテル一階のバーに足を運んだ。飲むお酒は決まっていた。フランス産のリキュール「アメール・ピコン」。また、彼の猫好きは有名だ。大佛次郎記念館には、彼が所蔵した猫の置物がたくさん展示されている。特に、高さ55センチの猫は、再現された書斎の中で、独特の存在感をかもしだしている。
ホテルニューグランドのラウンジでカプチーノを飲んでいた。低くクラシックが流れている。窓の向こうに猫が一匹、歩いていた。その悠然とした歩みを見ていたら、顔に笑みが広がった。 電話を終えた友人が戻ってきた。彼女とは久しぶりに会った。彼女は今日中に、福岡に帰らなくてはならない。
「ねえ、少し時間ができたので、散歩したいのだけれど、どこか素敵な場所、知ってる?」と彼女が聞くので、秋だから、文学の香りに包まれてみましょうと、私は答えた。
私たちは、秋風を感じながら、山手を目指した。港の見える丘公園の噴水。円形花壇には、コスモスが揺れていた。
「あの建物は何?」と友人が聞いた。赤レンガの瀟洒なつくり。大佛次郎記念館よ、と私がいうと「行ってみたい」と彼女は、私より早く建物に入った。
友人は、大作家の直筆原稿よりも、猫の置物に目を輝かせた。彼女の猫好きは知っていた。先ごろ、ご主人に先立たれた彼女は、今、猫と暮らしている。
「猫は、もの心のつく頃から僕の傍にいた。これから先もそうだろう。僕が死ぬ時も、この可憐な動物は僕の傍にいるに違いない」大佛次郎は『黙っている猫』という作品で、そう書いている。
彼の妻も大の猫好きだったから、どんどん増えていく。これ以上増えてはいけないと、彼は妻に「15匹を超えたら、猫にこの家を譲って、出て行くよ」と脅かした。あるとき、なんだかいつもより猫の数が多いので、彼は数えてみた。すると、16匹いた。妻につめよった。
「おい、一匹、多いから、俺は家を出るぞ」。妻は、落ち着き払って、こう答えた。
「それは、お客様です。ご飯を食べたらお帰りになります」
そんなエピソードに友人と二人、笑った。
書斎に置かれた陶器の猫は、その大きさと凛としたたたずまいで、私たちの目をひいた。突然、「私も、がんばらなくちゃね」と友人がいった。古い書物の匂いをかぎながら、私は小さくうなずいた。
今日の「私の横浜文学散歩」はいかがでしたか?出演、小林節子 脚本、北阪昌人でお送りいたしました。「ヨコハマ・ストーリー」また来週をお楽しみに・・・