横浜・明日への提言(93)持たない強みもあるんだよ
代表取締役社長 藤木幸夫
(著者紹介:現在、藤木企業株式会社 取締役会長、株式会社横浜スタジアム取締役会長、横浜港運協会会長、神奈川県銃器薬物水際排除推進協議会会長、神奈川県野球協議会会長、社会福祉法人希望更生会理事長、小さな親切運動神奈川県本部代表、がん医療と患者・家族を支援する会会長等の役職にあり、平成元年4月に藍綬褒章受章、平成10年11月に横浜文化賞を受賞。)
モータリゼーションが喧伝された時代から、庶民でさえ一家に一台のマイカーを持ち、親子で二台という家庭もめずらしくなくなった。マイカーを持たなければ人間じゃない式の風潮さえあった時代、わざと自家用車を持たない主義の人がいた。
今、モータリゼーションに代わって潮流をつくりつつある文明の利器はケータイである。歩いているときでも左手がケーターで塞がっている人、寸暇もなくケータイでメールを送りつづける人、ケータイ、ケータイ、ケータイの時代になった。
こうした時代にも、わざとケータイを持とうとしない人がいる。
デフォルメした感じのいい方をすると、怒涛のように押し寄せてわれもわれもと飛びつくモノがある一方で、確信犯的にそうした潮流の外に身を置く人々がいたわけである。
モータリゼーション、マイカー時代にはクルマを持たない人を「偉い人」と評価するある種の見識があった。今ならケータイを持たない使わない人が偉い人と評価する考え方になるだろう。
なぜ、常にアンチを志すのだろうか。
この間、はっとさせられる意見を耳にした。
「いまやクルマは電子情報技術のかたまりです。ケータイはもとより、テレビもデジタル化しようとしています。しかし、社会全体がデジタル製品で埋めつくされても、それをつくるのは人間であり、人間はどこまでいってもアナログのかたまりなんです。それを忘れて潮流に流された結果が今の日本です」
思わず私はぎょっとした。
世の中の潮流がエコロジーに傾きつつある今、クルマはハイブリッド車が優位に立ち、やがては電気自動車に移行しようかという雲行きである。デジタル技術が詰めこまれたものを使うだけの人はそれに合わせていくだけだから、そこに大きな落とし穴があると気づかない。人間は脳、目、耳、鼻、口、舌、手足というアナログ器官を駆使して、とうとうデジタル時代といわれる超便利社会をつくりだしたわけだが、超便利社会がつくり出す人間はどんな姿になるのだろう。
アンチを志す人はそうしたクエスチョンにその人なりにきちんと見通しを持っているわけで、自分が見出した答えに従っているにすぎない。
すなわち、脳、目、耳、鼻、口、舌、手足などのアナログ器官を退化させるようなことは極力さけて、常につくる側に身を置こうとしているわけである。
ケータイが左手からはなれない人はそれだけほかのことに使える時間が少なくなるのが道理で、人間がある意味時間勝負で生きている側面に照らすと著しく不利な立場に置かれてしまう。
ケータイ、恐るべし。
だから、私はケータイをもたない。