00_weblog_default_js

  • // JavaScript Document

fyb_switch_to_sp_js

« 横浜・明日への提言(10)横浜府ミナト・ヨコハマ特別市 | メイン | ヨコハマ ストーリー  第22回 「私の横浜夏物語」 »

2006年8月18日 (金)

ヨコハマ ストーリー  第21回 「横浜ホテル物語」

211

ヨコハマストーリーは、FMヨコハマで2005.4.5~2006.3.26(毎週日曜日 出演:小林節子)に放送された番組の脚本抄録です。

魅力あふれる街、ヨコハマ。
この街が、世界の表舞台に登場したのは、今からおよそ150年前。ペリー艦隊が来航したときから、その歩みは始まりました。そして今もヨコハマは、ユニークな街であり続けています。そんなヨコハマの由緒あるスポットを舞台に、物語と音楽で紡いでいく『ヨコハマ・ストーリー』。今日は「横浜ホテル物語」

 みなとみらいに、屹立する高層ホテルは、それぞれ個性的だ。帆船をイメージしたヨコハマ グランドインターコンチネンタル ホテル。バルコニーで潮風を感じることができるパン パシフィックホテル横浜。そして何よりその名のとおり、ランドマークとしてそびえたつ横浜ロイヤルパークホテル。
横浜ランドマークタワーは、造船所のドック跡地に建設された。現在、イベントスペース等に利用されている『ドックヤードガーデン』は、日本に現存する最古のドックヤード「第2号ドック」を残したものだ。このドックは、1896年に竣工し、1973年に使用を中止するまでの70数年間、港湾施設として、重要な役割を果たしてきた。そして1993年、横浜ランドマークタワーの開業とともに、ドックヤードガーデンとしてオープンし、1997年12月に、国から重要文化財の指定を受けた。離れた海岸線を懐かしむように、ドックには今日も潮風が舞っている。

 夏の日差しはまだ健在だった。港を横切るタンカーが、かげろうのように見える。短い夏休みにホテルを予約した。友人は「少し贅沢じゃない?」と言ったけれど、ランドマークタワーにあるホテルにした。部屋もとびきり見晴らしのいいタイプを選んだ。
 このホテルには、地上256メートルの65階に、お茶室があった。私と友人は、以前からその天空のお茶室が気に入っていて、何度かお点前を体験したことがある。晴れた日には富士山も見えるその場所で「いつかこのホテルに二人で泊まって、命の洗濯をしましょうよ」と私を誘ったのは、友人の方だった。
待ち合わせの時間より早く着いたので、ドックヤードガーデンに行こうと、階段を下りたときだった。突然の風に帽子を飛ばされた。帽子は弧を描き宙を舞った。ひとりの青年がその帽子を追いかけてくれた。階段を駆け下りドックヤードガーデンに落ちた帽子を青年はつかまえた。
 青年は、人懐こい笑顔で、私に帽子を差し出す。「ありがとうございます」と言うと「ここは昔、船のドックだったから海風が懐かしがって、ときどき遊びにくるんです」と笑った。足早に仕事に戻っていく青年の後姿が、くっきりとした夏の陰をつくりながら小さくなっていった。
 友人とのディナーは、68階のフレンチにした。相模湾でとれた新鮮な旬の魚が、横浜ポーセリンのお皿に盛られてくる。デザートが、ワゴンで運ばれてきた。そのワゴンを押すパティシエの顔に見覚えがあった。彼は、再び人懐こい笑顔で「ああ、どうも」と言った。
「昼間はありがとうございました」と私が頭を下げると、友人は、わけがわからず私たちの顔を見比べた。
「僕は、小さいころ、誕生日をホテルでしてもらったことがあるんです。ケーキに花火をつけてくれたのが嬉しくて。そのときの喜びが忘れられなくて、いつかホテルのレストランで働きたいって思い続けてきたんです」。ケーキも美味しかったけれど彼の笑顔を見ていたら、すでに命の洗濯は完了したように思った。ベイブリッジの青い灯りが、ケーキの上の花火のように浮かんで見えた。

今日の「私の横浜ホテル物語」はいかがでしたか?出演、小林 節子 脚本北阪昌人でお送りいたしました。「ヨコハマ・ストーリー」また来週をお楽しみに・・・

212 213 214