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プロフィール [編集]
生い立ち [編集]
生まれた病院は神奈川県川崎市の聖マリアンナ病院。
赤ん坊の頃は本郷町(生後、数ヶ月後、東京都港区赤坂にも一時在住)だが、物心つく頃には本牧に移り[1]、そこで幼年期を過ごす。母親の離婚・再婚等もあり、小学生時代は日吉付近、中学生時代は横浜ドリームランド付近と、横浜市内を転々と引っ越して過ごす。本牧から日吉へ引っ越した時にプリンス幼稚園に入園、ある園児の父親が乗ってきたプリンススカイライン2000GTに魅せられる。
幼少期からジャズやボサノヴァなどの音楽に親しむ一方で、5代目三遊亭圓楽が語るアルバム『円楽のプレイボーイ講座12章(演奏:前田憲男とプレイボーイズ)[2]』に多大な影響を受け、小学生時代から「頭の中で鳴る音楽」をもとに、作曲を始め(「筒美京平みたいになること」を目標としていた)、5歳の時に本牧でアメリカ人が乗るアイボリーのムスタングに衝撃を受ける。 横浜市立大正中学校時代からはバンド活動にもいそしむ(この頃、“横山火呂死(ヒロシ)”と名乗っていた) (“横山火呂死(ヒロシ)”を名乗ったのは16歳から)。
また、すでに母親と離婚していた実父とともにロサンゼルスやホノルルな
どを訪れ、後の作詞、作曲活動に大きな影響を受ける。 ある夏休みに江ノ電を鵜沼駅で降りて海に行く途中に見かけた家のガレージに止まっていたメルセデ
ス・ベンツ280SE3.5クーペに惹かれる。 中学卒業後は、「卒業後、音楽関係の職業を紹介してくれるかも」と考え、「芸能コース」がある堀越学園高校の「一般コース」に進むが、芸能コースは制作部門とは全く関係がなく特にそのようなメリットがないことを知り、1年生のうちに中退(高校2年の2学期を前に中退)。以降はバイト(本牧のガソリンスタンド奥村石油に正社員として入社)と、不良青年活動、デモテープを作ってレコード会社に片っ端から持ち込む、といった日々を送る。
サンフランシスコ(ロスアンジェルス)に住んでいる友人のもとに遊びに行ったところ、センスの良い古着が捨て値で売っていたので大量に買い付けし、横浜周辺で古着の商売を始める。その後、原宿に商売の「遠征」にでかけ、たまたま寄った所がクールスRCのリーダー佐藤秀光が経営している衣服店であった。その店のスタッフが「友人の友人」(「友人の先輩」)だったことから、クールスのメンバーの面識を得る。
音楽活動開始 [編集]
1978年にクールス・ロカビリークラブのローディー(クールスRCのローディー兼チョッパーの店員)になる。1981年にボーカリストになり(この時からの芸名・横山剣は、メンバーのジェームス藤木が命名した「横山剣輝」が元になっており[3]、通称である“crazyken”は、同じくメンバーの村山一海が名付け親)、自作曲「シンデレラ・リバティ」がその最初のシングルに採用されるなど、ソングライティングの面でも八面六臂の活躍をみせるものの、1984年に脱退し、元ラッツ&スターの山崎廣明らと「ダック・テールズ」を結成するが、1年半で事務所から解雇されてしまう。
その後、職業作曲家をしながら昼は貿易会社の社員として輸出貨物の検査官(華僑系貿易会社の社員や貿易貨物の検査官等)をする一方で、夜にライブ活動を行なう(この頃のバンド仲間に赤坂泰彦がいる)。1990年に「ZAZOU(ザズー)」結成(後にクレイジーケンバンドで活動を共にする廣石恵一、小野瀬雅生も在籍)。同時期に「MOON DOGS」というバンドに作曲で参加している。1991年には「CK's」を結成。廣石、小野瀬に加え、新宮虎児、中西圭一、洞口信也(廣石、小野瀬、洞口信也)<※当時、新宮は小野瀬欠席時のエキストラで参加>も参加し、ここでクレイジーケンバンドの原型が形作られる。
クレイジーケンバンド [編集]
1997年にクレイジーケンバンド(略称CKB)を結成。1998年にアルバム「PUNCH!PUNCH!PUNCH!」でデビュー。テレビやライブ活動を通じて徐々に全国的な人気を博す。
歌の途中で入れる「イーネッ!」という独特のフレーズを持っている。このフレーズは、横山が幼少時によく遊びにいった、彼の叔父の得意なフレーズを元にしている。
横浜市中区出身で、現在も本牧に住み、地元に密着した音楽活動を行っている。横浜市資源循環局のプロジェクト「ヨコハマはG30」(平成22年度のゴミ排出量を平成13年度比30%減を目標にするプロジェクト)のテーマソング「いいね!横浜G30」の作曲を担当(作詞は一般の人)。また横浜市立みなと総合高等学校の校歌の作曲を担当(作詞は同校の生徒)、SMAP・TOKIO・ジェロ・和田アキ子・松崎しげるらに楽曲を提供するなど音楽活動に精を出す一方で、雑誌連載などの執筆活動、ラジオDJなども並行して行っている。
基本的に楽曲提供は作詞・作曲ともに行われる(そのバックの演奏をCKBが務める場合も多い)が、1990年代に職業作家としての活動を志向していた時期には作曲のみ提供することが多かった(友人でもある作詞家・山田ひろしとのコンビ作が目立つ。2008年発表のCKBのアルバム「ZERO」収録の「Lookin' your eyes」は、この時期に2人で作っていた作品)。珍しいケースとして、高橋克典に提供した「男の美学」(テレビ朝日系ドラマ『特命係長・只野仁』挿入歌)は作詞のみ(作曲は小久保淳平)である。
また、NHK教育テレビの幼児向け番組・ピタゴラスイッチの「おとうさんスイッチ2」というコーナーに娘とともに出演したことがある。その際、本名の横山正佳でクレジットされた。
エピソード [編集]
- 風体に似合わず実は下戸。昔は人並みに飲めたようだが、クールス時代にジェームス藤木からブーツで無茶苦茶なものをまぜた「闇カクテル」を無理矢理に飲まされて以来酒類が飲めなくなったという。好きな飲み物は「歯磨きみたいな味のする(横山談)」というルートビア。
- バイク・レースが趣味で、チーム「CRAZY KEN RACING」を保有。また、その延長で京急神奈川駅そばに、バイク・ショップ「CRAZY KEN'S SPEED」を開いていたこともあった。
- MOON DOGSの4枚のアルバムに作曲として参加したその印税で、ボーカルMr.イクラ(現:IKURA)の経営する「チカーノパーク」でキャデラック・フリートウッド・ブロアムを購入した。
- 平塚の梅屋デパートで、セレクト・ショップ「ALMOND EYE」を開いていたこともあった。2008年からは横山の両親が横浜中華街にて「スージー・ウォン(SUZIE WON'S souvenir shop=蘇西黄貿易公司)」というCKBグッズや輸入雑貨の店を営業。
- 韓国をぶらぶらと目的もなく旅するのも好きである。クレイジーケンバンドの舞台衣装は、ソウルのとあるテーラー・ショップにオーダー・メイドしている。(ソウルの梨泰院にあるハーバード・テーラーでオーダー・メイドしていた)。
- クレイジーケンバンドの定期ライブの場所として有名な、長者町のバー「FRIDAY」だが、ダックテイルズ時代はレギュラー出演していたが、CK'S時代は、店長の判断で出演させてもらえなかった。(一度しか出演させてもらえなかった)
- 横須賀のどぶ板通り商店街も愛好しており、老舗のスカジャン・ショップ「ファースト商会」や刺繍・ワッペンの店「大将刺繍」の店長とも懇意の仲である。
- 野坂昭如を尊敬しており、CKBのライブアルバム『青山246深夜族の夜』には野坂本人がゲストとして登場している。
- 以前はいすゞ・ベレットを所有しており、「べレット1600GT」というタイトルの曲を作曲したりインディーで発売した『狂剣的世界(CRAZY KEN'S WORLD)』のジャケット写真(このベレGは本人所有ではなく横浜の浅間町付近で走行中のベレGのドライバーに声をかて撮影に協力してもらった)に登場させた事もある。
- 会社員時代の輸出貨物の検査の仕事には愛着を持っていたらしく、「本当は仕事も続けたかったが、(曲が売れすぎて体がもたなくなってやめた」)(朝日新聞のインタビュー記事より)、(音楽の仕事が多忙になるのと昼の仕事が薄くなるタイミングが重なりクロスフェード状にシフトできた)と語っている。
- 決め台詞「イイネッ」は父親代わりに育ててくれたおじさんの口癖に、漫才師鳳啓助の口調を加えて原型を作った(畑中ふう・大桃美代子のてふてふ2012年3月9日出演時)。後に電気カンナの作動音をミックスしてバージョンアップした。(痛快!明石家電視台2009年10月5日出演時)
- 1960年代のアメリカ車のマニアであり、現在も1965年型のフォード・マスタングを所有し(売却済)、クレイジーケンバンドのアルバムのジャケットにも登場させた。
- 2004年にメルセデスE55 AMGを購入したが、「これはL.A.仕様だからアメ車だ」と言い張る。
- 特殊漫画家の根本敬をリスペクトしており、クレイジーケンバンドの歌詞内やアルバム名にしばしば現れる「電波」というフレーズは、根本からの影響による。また根本は「幻の名盤解放同盟」という昭和の悪趣味歌謡の復刻活動も行っており、「クレイジーケンバンドは『幻の名盤解放同盟』とピチカートファイブとをリンクさせた、奇跡的なバンドだ[4]」と発言している(「クレイジーケンバンドは『幻の名盤解放同盟』とピチカートファイブとをリンクさせた、奇跡的なバンド」との発言は川勝正幸氏によるもの)。
- 自動車雑誌「NAVI」のインタビューによると1960年代から1970年代の日本車が大好きで、2輪・4輪問わず過去数々の名車と呼ばれる国産旧車を所有していた。(数々のアメ車や欧州車、国産旧車、そしてダメ車を所有していた)
- 幼少期からの憧れであった65年型ムスタングの色違いを2002年に購入、永福町のスタジオに向けて第三京浜を走行中に思い浮かんだ曲が『GT』であり、歌詞の「血の色のGT」は同車の事である。
ソロ作品 [編集]
- CRAZY KEN'S GROOVE TRAX(1995年9月21日発売。限定12インチ)
- CRAZY KEN'S WORLD(1995年9月21日、『クレイジーケンの世界』として発売。1998年6月25日、リマスタリングされ、このタイトルで再発。“クレイジーケン”名義)
- 横山いわく「このアルバムは“クレイジーケンバンド準備号”」。クレイジーケンバンドの母体である「CK's」のメンバーがレコーディングに参加している。
- 横山剣自宅録音シリーズ 第1集 シャリマール(1998年11月。カセット)
- 横山剣自宅録音シリーズ 第2集 スウィート・ヴァイブレーション(1998年11月。カセット)
- 横山剣自宅録音シリーズ 第3集 香港的士(1998年11月。カセット)
- ザ・自宅 麗しの沙羅(2006年6月。ライブ会場および通販のみで販売。guest:新宮虎児)
- ザ・自宅 題名のないSOUL(2006年6月。ライブ会場および通販のみで販売。guest:AIKO SUGAWARA & ISOP)
- ザ・自宅 9月21日(2006年6月。ライブ会場および通販のみで販売。guest:SMOKEY TETSUNI)
- 町田録音シリーズ -ZERO/Girls!Girls!Girls!/MINT CONDITION- (2011年2月。“クレイジーケンバンド feat.Crazy Ken”名義。横山ひとりによる『ZERO』『ガール!ガール!ガール!』『MINT CONDITION』のデモ音源を、公式にCD化したもの)
参加作品 [編集]
- Pizzicato Five「さ・え・ら ジャポン」(2001年1月1日)
- 12.スキヤキ・ソング
- What's Love?「あの鐘を鳴らすのはあなた」(2001年11月7日)
- 1.あの鐘を鳴らすのはあなた(by What's Love?と横山剣)
- 渚ようこ「渚ようこリサイタル・新宿マドモアゼル」(2001年11月20日)
- オムニバス「Di VIBES ~Japanese Reggae Selection 2006~」(2006年12月20日)
- 15.Life is Beautiful ~LP VERSION~w/横山剣 from CRAZY KEN BAND
- Q(ラッパ我リヤ)「THE BANGSTA」(2006年3月22日)
- 5.THE POWER OF DREAMS feat.横山 剣 from CRAZY KEN BAND
- PAPA B「Life Is Beautifle feat.横山剣 from CRAZY KEN BAND」(2006年5月17日)
- ほか多数。
楽曲提供 [編集]
- 和田アキ子「ルンバでブンブン」(2003年6月11日)
- 作詞・作曲提供。同シングルのカップリングには、やはり横山が作詞・作曲を担当した「史上最悪の夜」のほか、CKBでヒットした「タイガー&ドラゴン」のカバーを収録。3曲とも演奏はCKB。なお和田には他にも数曲、提供している。
- 作詞提供。作曲は小久保淳平。同曲は通常のエピソードのほかスペシャル、劇場版でも使用されている。
- 一青窈「茶番劇」 - アルバム「Key」リード曲(2008年3月5日)
- 作曲提供。作詞は一青。
- 作詞・作曲提供。コーラスでも参加。
- 松崎しげる(“シゲルBROWN”名義)「オヤコのマーチ」(2008年10月22日)
- 作曲提供。作詞はElvis Woodstock(リリー・フランキー)。シングルのカップリングにはCKBのアルバム曲「男の滑走路」のカバーを収録(2曲とも横山プロデュース、演奏はCKB)。
- 作曲提供。作詞は秋元康。
- NHK教育『みいつけた!』オリジナルソング「サボさんまいったな」(2011年1月よりオンエア、同年8月3日発売のアルバム「みいつけた! パーティー」に番組バージョン、フルバージョンの2タイプが収録。その後、CKBによるセルフカバーが2012年2月1日発売のシングル「不良倶楽部」に収録)
ほか、多数
出演 [編集]
- 怪奇!!幽霊スナック殴り込み!(2005年制作、2006年公開・DVDリリース)
- :監督・脚本=杉作J太郎。横山は本人役で出演。主題歌はクレイジーケンバンドの「まっぴらロック」。
- MUSIC EDGE + Osaka Style(2009年10月、毎日放送)
- オンタマ(2010年8月16日-20日、テレビ朝日)
※クレイジーケンバンド#出演ほかも参照。
著書 [編集]
- クレイジーケンの夜のエアポケット(2002年11月、ぴあ。雑誌『weeklyぴあ』に連載された同名コラムの書籍化。)
- クレイジーケンの夜のエアポケット 増補改訂版(2007年11月、ぴあ)
- クレイジーケンズ マイ・スタンダード(2007年12月、小学館。500ページ以上にわたる書き下ろし、初の自叙伝。) ISBN 9784093637152
- 亀 コロ(2009年09月、ブルース・インターアクションズ。孤高の特殊マンガ家、根本敬とコラボした大人の絵本。)
- やる気のバイブル(2010年08月、武田ランダムハウスジャパン。ファンクラブ会報、ブログの中からセレクトされたコトバ集)
ドラマ [編集]
- 2003年3月28日放送の『池袋ウエストゲートパーク「スープの回」』にマコトの実父親役で出演。ドラマ内で「タイガー&ドラゴン」のサビを披露。後にそのままのタイトルでドラマ『タイガー&ドラゴン』が放送される。脚本家・宮藤官九郎がCKBのファンであることが大きく関与しており、当ドラマの主題歌に「タイガー&ドラゴン」が起用された。
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