東日本大震災から10年、
ワタクシは先日宮城県名取市閖上地区と
仙台市若林区に取材に行きましたが、
今日はその模様をお届けしました。
最後は若林区、地下鉄東西線荒井駅
直結の「せんだい3.11メモリアル交流館」から
お届けしましたよ。
こちらは東日本大震災の記憶と経験を
もとに知恵と教訓を紡ぎだし
未来へ世界へ繋いでいく拠点なんです。
交流館の1階入ってすぐの場所には
「かえりびな」というお雛様が
飾られていました。
東日本大震災で行方不明になっている
およそ2600名の人達が1日も早く
帰ってきて欲しい…
その願いを込めて作られたもの。
吊るし飾りもあり綺麗でしたね。
交流館では本や地元の方が作った
フリーペーパーや震災関連の
図書を集めたコーナーもありました。
写真は地元七郷中学の生徒さんが
1年かけて作成した防災マップも
展示されていましたよ。
お話は「せんだい3.11メモリアル交流館」
職員の三條さんに伺いました!
ありがとうございます!
コミュニケーションは地道さが
必要なもの。時間はかかると思うが
震災以降の新たな交流の場に、
ここがなって、人と人を繋ぐ
場所になってくれればと
仰っていました。
東日本大震災から10年
今日は先日宮城県名取市と仙台市を
取材してきた模様をお届けしています。
続いてやって来たはのは名取市閖上の隣り
荒浜地区にある震災遺構の
仙台市立荒浜小学校です。
小学校のある荒浜地区は海に面し
学校も海岸線から700メートル程の
距離にあり震災当時は津波で
校舎が4.6メートルまで水没。
1階はのまれ2階の床上30センチまで
水が来そうです。その爪痕を残したまま
震災遺構として見学できるようになっています。
津波の力によって
グニャグニャになったフェンス。
1階は1年生の教室でここには津波が引いた後
車や海岸線の松の木や瓦礫などが大量に
ねじ込まれていたそうです。
それらは撤去されましたが、
それ以外は10年前のまま津波の
恐ろしさを伝えています。
校舎から見える荒浜地区の様子。
以前は家々が立ち並んでいたそうです。
震災が起こり児童や地区の人達
320名はこの校舎で一夜を過ごしました。
灯も暖房もなく備蓄の毛布や
理科室の暗幕などを敷いたりして
暖をとり寒さを凌いだそうです。
お話は震災遺構仙台市立荒浜小学校の
施設職員の赤間さんに伺いました。
ありがとうございました!
おはようございます!
今日は東日本大震災から10年
ワタクシは3月6日に
宮城県名取市閖上地区と仙台市若林区に
取材で伺った時の模様をお届けしました!
街角日記はその時の写真をアップしています。
まずは最初に訪れた「名取市震災復興伝承館」
名取川沿い、河口そばにある施設。
訪れた時には風がとても強かったですね。
河口そばには運河が横切っていて
そこには水門があって津波到達高の
プレートが付いていました。
名取市震災復興伝承館の館内には
入口すぐの所に
「失われた街・模型復元プロジェクト」の
大型ジオラマがありましたよ。
住んでいた方々の記憶や資料を頼りに
もう一度震災前の閖上地区を
模型で蘇らせる試み。
見るだけで閖上地区の港町の賑わいや
生活が想像できましたよ。
他にも自然災害を知るパネル展示や
名取市の名産を伝えるパネル展示も!
親子連れで災害や防災やについて
学べる施設になっています。
お話は名取市・商工観光課の
大宮さんに伺いました!
ありがとうございます。
また今年も「くらしの灯台プロジェクト
灯-mawari-」のイメージガール
村井瑞稀さんも同行して下さいました!
ありがとうございますっ!